
私は機能不全家族で育ちました。
その経験が、今の生きづらさの土台になっていたと気づいたのは大人になってからです。
事実
私の家庭は、安心して気持ちを話せる場所ではありませんでした。
例えば、学校でのつらい出来事を話しても受け止めてもらえず、だんだんと感情を出さないことが当たり前になっていきます。
感謝の言葉や共感を受けた記憶は少なく、
姉妹と比較されることも多くありました。
親の機嫌をうかがいながら過ごす日々は、常に緊張と隣り合わせ。
家の中では
「何も起きませんように」と祈るような気持ちで過ごしていたのを覚えています。
当時の自分への影響
いつの間にか「私が悪い」と考える癖がつき、自己肯定感はとても低くなっていました。
どれだけ頑張っても自分にOKを出せず、
常に「自分は何かが足りない」と不足感を抱えていました。
人と深く関わることが怖くなり、期待されるほど強く緊張するようになりました。
また表面上は合わせていても、心の中では距離を取ってしまう自分。
「どうせ私なんて」という思考が、いつも頭のどこかにありました。
気づき
大人になってから、自分が親子逆転の構造の中で育っていたことを知りました。
自責や自己犠牲は性格ではなく、環境の中で身についた思考だったと理解し、衝撃を受けました。
安心できる人や場所があることで、人は少しずつ回復していけると実感しています。
それまで自分が嫌いでしたが、
自分の感情を無視しないことの大切さを学びました。
そして「自分に興味を持つこと」が回復の入り口でした。
今の視点
それからは、書くことを通して自分の気持ちを整理できるようになりました。
ジャーナリングは、私にとって心を安全に見つめる方法になっています。
複雑性PTSDと向き合いながら、心が穏やかな時間が確実に増えてきました。
同じように生きづらさを抱える人に、回復の道があることを伝えたい。
そう強く思っています。
この経験が、誰かの安心につながれば嬉しいです。
回復の中で私を支えてくれたのがジャーナリングです。
書く習慣についてはこちらの記事でまとめています。
(ジャーナリング記事リンク)

